お花・お庭・子育て


by mothergarden
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カテゴリ:娘がうまれた時のこと( 13 )

3月15日
産後14日目

主人が面会に行けませんでした
お風呂に入れて、おっぱいを昼1回夜1回あげる
それ以外の時間、ずっと一人で丸椅子で抱っこ
早く連れてかえりたいよ~一緒に寝たい

3月16日
産後15日目

もう退院も決まってるので、看護婦さんによって
お腹がすいてるようなら、授乳の許可をくれたり、
ミルクを持ってきてきれたりしました

でも、この日の夜の看護婦さんは、どちらもNO
大泣き、大暴れの娘を抱っこしてるのも大変です
その看護婦さんは、娘を抱き、おしりをパンパン!
おしゃぶりを無理やり口に「グニ~」っと押し込み
「はい、吸おー!吸おー!」と怒ります
よっぽど、私が怒りたくなりました
イヤがって大泣きです
もう私もイヤだ~

3月17日
産後16日

夜、18時に面会に行って20時までぐっすり眠ったままでした
授乳できず、家で搾りました

3月18日
産後17日

ミルク指導を受けました
哺乳瓶でのミルクの計量の仕方、消毒など
ミルクを飲ませるつもりのなかった私が、この説明を聞くとは・・・
所詮、牛の乳 本当は飲ませたくないけど 仕方ありません

3月19日
産後18日

MRI検査のため、夜の面会しか会えません
しかも、まだ眠り薬がきいてて寝ていました
起きて、ミルクをあげたけど、薬がぬけてないから、
ミルクを口元からこぼします
目もうつろで、変でした
検査の結果は異常なし「やった~!」
明日、退院です
「何時頃、来ますか?」と聞かれ
「朝、何時なら良いですか?」と10時に来ることになりました
うれしくて、眠れません

3月20日
産後19日

朝、10時 NICUまで、母も来てくれました
主治医の先生はH先生とI先生でしたが、
I先生と婦長さんが娘を連れてきてくれました
「本当にありがとうございました」
婦長さんは、喜田先生(話道塾でいつもお世話になってる)にそっくりなんです
喜田先生を女性にしただけの、明るくて、豪快で温かい・・・
「何でも分からない事は、電話でも聞いてください Yさんがいるし大丈夫かな」
と言って、笑顔で見送ってくださいました

母の運転は、この日とても慎重ゆっくりです
家に着いて、母が初めて抱っこしました
とても、うれしそうです
やっと、二人でゆっくり寝れるね!普通なら、そろそろ床上げなんですけど・・

その後もYさんは、産後2ケ月の終わりまで家に通ってくれました
それからは、わたしが助産院に通って
5ケ月までおっぱいマッサージを無料で診てもらいました
今でも、何かと相談しています
本当に感謝しています

娘の命を救ってくださったNICUのI先生も、その後の検診のたび
たくさん、たくさん成長を褒めて下さいました
本当に子供が好きな先生だと感じます
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by mothergarden | 2005-11-25 22:18 | 娘がうまれた時のこと
3月12日
産後11日目

この日、面会に行ったら「今日、お風呂に入りましたよ」と看護婦さん
点滴も機会も管という管が全部外れて、
初めてのお風呂に入ったと言うのです

「明日からは、お母さんが入れてくださいね」
「わかりました」保健所で練習したことあるけど、
あの時は動かない人形でした・・・どんなかな?

夜の面会時間も、おっぱいをあげれることになりました
1日2回 まだまだ、あげたいけど・・

先生にお話ししたい と看護婦さんにお願いしました
「どんなことを聞きたいですか?」と先生
「退院できるのは、いつごろですか?」と私
今後どうなっていくのか、何の説明もなく、
毎日が過ぎて行くようでヤキモキしていました
「早く退院したいですか?」と先生
「はい、もちろん」と私
「退院前に検査をしますが、その検査がいつになるかな~?
予約でき次第、お伝えしますね」と先生
がっくり・・・何だか、まだ先のことみたい

3月13日
産後12日目

私が初めてお風呂に入れます
お湯につけた途端、大泣き大暴れでした
裸って怖いですよね
抱っこも足りないし、いつも大暴れの娘は
いつも、安心させるために、うつぶせ寝にされてたくらいですから

気持ち良くお風呂に入る日が来るのかな?

20日に退院が決まりました「やったー!」
でも1週間も先?
検査も順番待ちなんですって

19日にMRI検査をするそうです
入院してストレスのかかった子は、脳に異常が出たりするとか・・・
眠り薬を飲まされるそうです
こんな小さいのに眠り薬?大丈夫かな・・・
仕方ないけど

友達のKさんに話したら、Kさんの息子さんがMRI検査をしに外来に来た時
同じ名前の子が間違えて、MRIに入ったそうです
Kさんの息子さんは、名前を呼ばれず遅いな~と思ってるうちに
眠り薬が覚めて来て、看護婦さんに聞いたら
「○○くん、さっき入りましたよねーあれ?」とあわてたそうです
Kさんの息子さんは、また眠り薬を投与されたそう
どうか、間違えがありませんように!

その日の晩、熱が出ました
主人も母もいないし、辛い~
遅くにYさんに電話しました
「熱が出てしまって~、乳腺炎にならない?」
「ジャガイモすりおろして、湿布できる?」とYさん
「今日、一人やし、する気力もない・・・」
キャベツを当てるのも良いと聞き、そうすることにしました
「何か不安なことある?」とYさん
Yさんは、こんな不安な時、すぐに察してくれます
その言葉をもらっただけで、うれしかったです

キャベツをおっぱいに当てました
芯の熱をとるそうです
ゾクゾクしてた寒気も高熱になりました
おっぱいが熱くて、キャベツがすぐショボショボになります

これで、乳腺炎になろうものなら、明日面会に行けないかも・・・
それだけは、絶対イヤです
ユイは私が来るのを待ってるのだから!

汗をかいて、着替えて、キャベツも何回か交換しました
もったいないので、しおれたキャベツはナイロン袋に入れます
冷蔵庫で冷やすとまたシャキッとなり、使えます
ハッピーラックとリメインヤングも多めに飲みます

3月14日
産後13日目

朝、熱が下がってました
気力だわー自分で感心
母は面会に行くことをすすめなかったけど、
そんなことを聞く私じゃありません
面会時間 やっぱり来てよかった!抱っこしてると
助産婦さんが声をかけて下さいました
「Yさんがいらしてるよ」
「え?」

その助産婦さんは、Yさんのお友達で、とてもやさしく接してくださる方でした
「自宅出産したんやって?チャレンジャーやねー」と言う看護婦さんもいたし
多分、私はNICUの中では浮いていました
病院出産が当たり前の人は、そう思って当然だと思います
でも、Yさんを知る助産婦仲間の方達は、とてもよくして下さいました
こんなところでYさんの恩恵に感謝です

娘を抱っこして、ガラス越しのYさんの所へ歩いて行きました
娘はニコニコ笑っています
「だって、とりあげて下さった方やもんね」

「おっぱい診せてもらおうかと思って来ました
私、おうちに送ってくから、お母さんに電話しとくね」と言うのです
感激でした
なんて優しいのかしら、Yさん
家で、おっぱいを診てもらったら、異常なし
安心しました

早く20日が来ないかなー
外泊できたらなー
赤ちゃんが外泊ある訳ないか・・・待ち遠しい1週間
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by mothergarden | 2005-11-22 23:21 | 娘がうまれた時のこと
3月10日
産後9日目

Yさんが、1日3回搾乳してくれるけど
直接吸わせたことのない、おっぱいはガチガチパンパンです

私も、お風呂で搾ってみます
会陰切開してないから、お風呂に入れたのがありがたかったです
これで、冷え冷え身体やったら、おっぱい出ないわ・・・と思います

主人も仕事が忙しくなる時期でしたし
NICUの面会は、母に送り迎いしてもらいました
往復2回も、ありがたいことです
病院の廊下を自分で歩いて通っていました
骨盤に「さらし」をきつく巻いて、階段は避けてエレベーターで

昼の13時~16時と夜は18時~20時まで
ほとんどのお母さんは昼の面会しか来ません
家がわりと、近くてよかったです

県中のNICUは県内外から、危険な赤ちゃんが集まるそうです
遠い場所はヘリで
本当に小さい赤ちゃんが何人もいました
生まれながらにして、病気の子も・・・
長く入院してる子が多く、
未熟児さんの予定日と出産日を見ると、びっくりしたものです

オムツをかえる以外は、お風呂も入れれないし
私は、面会の間ずっと抱っこしていました

産後の身体で丸椅子に座って5時間抱っこは、辛かったです
「早く一緒に寝たい!寝ながらおぱいあげてみたい~」と思っていました

一日30ccしか、哺乳瓶におっぱいを入れてもらえないので
大泣き、大暴れが続きます
面会に行くと外まで泣き声が聞こえます
泣き声のしない日は、見ると泣き疲れて寝た という様子です

その日も哺乳瓶が来るのを待ち遠しく抱っこしていました(暴れながら)
婦長さんが「お母さん、おっぱい出ないんけ?」
「出ます!」と私が言うと
「じゃあ、直母しまっし」
おっぱいをあげて良いと言うのです
やったー!

授乳室へ連れて行きます
白衣エプロンを外して
どうやって吸わせるのか、教わりました
「体重量って、除菌シートで乳首をふいて、右5分、左5分ね」
なんて病院らしいんだろう・・・と思いました

すごい勢いで吸いました
痛いけど、なんてうれしいんだろう!
しかも、上手に吸うんだな~と見とれてしまいました
あっという間に、右5分、左5分
体重を量ると50cc飲んでます
すごい!
おっぱいも一気に柔らかくなりました
ずっと張ってたおっぱいが、こんなのになるの?スッキリやわ~

毎日、母やYさんに、おみやげ話しが増えてうれしかったです
ベットに寝かせて帰る時は、本当に辛かったですけど・・・

3月11日
産後10日目

Yさんも、「すごいね~おっぱい、一気に良い感じ」
と喜んでくれました

この日もおっぱいをあげれました
あげる前に体重を量って、左を5分飲ます
また体重を量ると、20グラムしか増えてない・・・
右を飲ませて、体重を量る、8グラム
これだけ?
「10分がタイムリミットだし、早く飲めばよいのに またお腹すいて泣くよ」

何だか、ショック

リハビリの先生が来ました
「退院後も成長の節目に通っていただくと思いますのでよろしく・・・」と
未熟児の子達が、毎日リハビリ体操をしてるのを見ていました
お母さんが、ベットに赤ちゃんを寝かせて、手足を動かします
こんな小さい子にそんなことするのか~?と驚きましたが
退院後の通院もあるなんて、やだな・・・

リハビリの先生は私に「よく目を合わせて笑いますか?」と言いました
「え?あまり・・・」
産まれて、10日もしないのに、そんなことするの?娘は異常なのかな?
目も見えないみたいし、しかも、よく笑う ですって?
とても不安になりました

夜、Yさんが来てくれた時、聞いてみました
「まだ、見えないよ~ きっと未熟児で産まれた子と間違えて、
体も大きいし、生後1,2ケ月たった子やと思ってるんじゃない?」
「なんや~良かった」そんないい加減なもの?と不思議でしたけど・・・

実は、その先生は、何日か後にまた
「よく目を合わせて笑いますか?」と言いました
は?また?
リハビリルームは
退院後、歩くようになるまで、何回も通いました
毎回、娘のカルテを探し、見つからない様子
「予定日はいつでしたっけ?」「2月23日です」
「産まれたのは?」「3月2日です」
「え?」と必ず驚かれます
聞かない時は、先生は未熟児と思い込んで、話をします
「小さく産まれた子は・・・」と連呼して
「小さく産まれてません」と言葉をさえぎると
「あれ?何グラムでしたっけ?」「3200グラムです」
「・・・・・」
娘の動きを見て、
「こういう子は、ハイハイをしません」「歩くのが遅いです」なんて言われたけど
全然、気にしてませんでした
しかも、ハイハイは上手でした 歩いたのも1歳2ケ月
優しいし、悪い方じゃないけど、リハビリは必要だったのか?といつも思います



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by mothergarden | 2005-11-20 22:59 | 娘がうまれた時のこと
3月8日
産後7日目

主人とNICUに行くと、見当たりません

看護婦さんが「もう、保育器からでましたよ」
「やったー!」飛び上がりそうでした

NICUは二つに分かれています
保育器が並んでる所、赤ちゃんの小さなワゴンベットが並んでる所

「抱っこしますか?」と椅子に座った私に看護婦さんが抱かせてくれました
初めて、私の腕の中にいます

首が座ってないし、緊張!
オムツの交換と哺乳瓶の飲ませ方を聞いて

母乳を入れた哺乳瓶を看護婦さんが持ってきてくれました
10ccだったか、30ccだったか覚えてないけど
初めて口から飲んだのです

すごい勢いで!
吸いすぎて、口の周りが青くなり
「すこしづつあげて~」と言われるけど
哺乳瓶を口から抜くと、パクパクパクパク!「はやく~」って顔で泣きます
それが、可愛くて、おもしろくて!
あっと言う間になくなりました

私が抱っこしてると、おっぱいに口を近づけます
あげたことないのに、匂いでわかるんですね
おぱいも痛くて・・・あげたいよ~

家に帰ったら、待っていた母が大喜びです!
ビデオを見て笑って、喜び泣きしてます
何度も繰り返し見てました
「早く抱っこしたいね~」と言って

3月9日
産後8日目

娘の爪を切るように言われました
なんて、鋭い爪、産まれて一週間で長くなるもんだな~
と、産後ショボショボになった目で格闘していました

後ろから、看護婦さんに声をかけられました
「Mさんのおとなりの○○です」と
あーこの方ね 友達に私の事をしゃべってる看護婦さんは・・
「守秘義務ってご存知ですか?」と言いたいところだけど
悔しいから、ニッコリ笑って対応しました
少し話をしましたが、聞いてる内容が憶測でしゃっべてるように思えてなりません
逆に安心しました
この人に腹をたてる方がもったいない!と
私に母親の自覚を持たせてくれたと思えば有難いわ と思うことにしました
Yさんには、「聞いて~」と愚痴っていましたけど

ユイはこの日も、お腹がすいて、大暴れです
抱っこを下ろして、帰るのがとても辛く
このころから、夜の面会も来るようになりました
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by mothergarden | 2005-11-19 20:30 | 娘がうまれた時のこと
3月7日
産後6日目

Yさんが来てくれて、おっぱいマッサージと搾乳をしてもらい
「今日、私も県中に呼ばれてるんで、ご一緒します」とYさん
へ~どうしたのかな?

「S病院(検診に通ってた病院)で、おりものの検査したって言ってたよね?」とYさん
「うん、したよ」と私
「結果聞いた?」
「そういえば、聞いてないわ それが、どしたん?」
この会話がどう終わったか、覚えてないけど、こんな話をしたと思います

車椅子を押してもらい
Yさんと主人と3人でNICUに行きました

まず、Yさんがお話しを聞きに
その後、私達が呼ばれました

H先生は、とても真剣な表情でした
「ここに運ばれた時、肺が真っ白になってましたが、峠は越えました
飲んだ羊水から、GBSという菌が出ました
お母さんの会陰を通る時に感染する菌です
この菌を持つお母さんは、10人に一人
お母さんが持ってても、問題はありません
産まれてくる赤ちゃんが感染する確率は1%
赤ちゃんが感染すると、大変です
24時間以内にほとんどの子が死にます
去年も、他の病院から搬送された子が二人死にました
病院で、おりものの検査はしたんですよね?
病院には、助産婦さんから、伝えてもらうように言いました」
こんなことを、おしゃったと思います

産後でボーッとしてる頭に
何のことを言ってるのかよくわかりませんでした
ただ、紙に「GBS]と書いて、10%、1%、24H
と書かれた単語だけが、頭に残りました

出てきて、Yさんに会うと
「GBSで助かるなんて、よかった・・・」と泣きじゃくっています
またYさんが、私のために泣いてくれている
あの時は、それしか状況を把握できませんでした

よく考えると恐ろしくなりました

私は、産後5日間、ずっと考えていたんです
「赤ちゃんは全てを分かってる」と言うのに
どうして、羊水を飲んでNICUに行ってしまったのか?と

羊水を飲んで運ばれることがなかったら、
その症状に気づかず
24時間以内に死んでいたと思います

他の病院だったら、羊水を吸引して、様子を診よう と言ってる間に
手遅れになっていたかもしれません
私達は、NICUに頼るしかなかったために助かったのです

赤ちゃんが、産む場所を選ぶとは、本当だと思いました
そして、本当に運と生命力に恵まれているのだと!

そういえば、へその緒が二重巻きだったと聞いたとき
「伸びきってたから、妊娠初期の頃から、巻いてたと思うよ」
とI先生が言っていましたが

それで、助産院を知らせてくれたのかもしれません 
助産院を知る前は、「スイカ」や「なし」 ばかり食べて、
腹帯も知らず、とても冷えた身体でした
Yさんに会ってから
「足湯をしっかりして、腎臓を温めた子は、へその緒を巻いてても、
丈夫で、切れにくくなる」と聞いたことがあります

この時期から、生命力を発揮してたのかもしれません
よく言えば、プラス思考
まあ、親ばかな話しですけど・・・

Yさんが、S病院に確認したら、
私が、おりものの検査をした時は、陰性だったそうです
私がその後に感染したか、一回の検査でたまたま出なかったか・・・
1%の確率ですから、この検査を省く病院も少なくないそう
もし、陽性が出ていたなら、薬(ペニシリン)を飲んでお産に望むべきだったようです
感染した赤ちゃんは、大人の10倍のペニシリンを投与しても、
死んでしまう確率が高い と本に書かれていました

「起こることには、必ず理由がある」
といつも、話道塾の喜田先生の言葉を思います

私は、こういう道をたどらないと、親になれなかったのでしょう
この経験をすることでしか、学べない試練を、
私は選んで産まれたのだろうと思います

眠れなくても、おっぱいが切れても、
早く、抱っこして、おっぱいをあげてみたい!
待ち遠しくて仕方がありませんでした
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by mothergarden | 2005-11-18 23:40 | 娘がうまれた時のこと
たくさんのコメントをいただきまして、ありがとうございます
そして、お友達のマキさんが、ミクシィ日記で紹介してくれて
色んな方のコメントを拝見しました
文章で、事実を書くと暗くなってしまうのですが
当時、私はそんなに大変に思っていませんでした
「もしもの場合」というのを考えたこともなかったし
「大変やったね」 とか、「無事でよかったね」と言われるたびに
あんなに元気に産まれたんだもの!とユイの生命力と運を信じていました
そばで、見守ってくれた方
温かい言葉をくださった方に支えられていたのだと思います
感謝しております
 
3月6日
産後5日目
Yさんが来てくれて、おっぱいマッサージ、搾乳をしてくれると
一時間はかかります

それが、1日3回
3時間以上もYさんを独り占めしてました
多分、ご家族以上に私が、時間をいただいてたと思います

でも、Yさんとの時間がとても勉強になったし、楽しみ、支えでもありました
今まで経験されたこと
これからのこと 何でも聞いていました

もし、病院で出産して、
赤ちゃんだけNICU(当時、国立か、県中しかなかった)に入ったら
お母さんは、自分の病院に入院したままです
そして、他の母子が授乳してる、授乳室の隅っこで
一人でおっぱいを搾るのだそうです
想像するに、耐えられない光景だと思いました
でも、Yさんはその経験をされたそうです
私は何て幸せなんだろう!
他の授乳親子を見る訳でもなく
おっぱいのケアも搾乳もお任せなんです

まだ、授乳したことなかったけど
おっぱいの事はかなり、詳しくなりました

何よりもうれしかったのは、助産院でお友達になったTさんとSさんの話題です
お二人とも、Yさんが担当で、予定日が近く、仲良しになりました

Tさんは私の一週間前に、助産院で出産されて
その後の経過を聞くのが、自分のことのようにうれしかったです

「Sさんももうすぐやね~楽しみ!」
なんてことを、私が言った時だったと思います 
Yさんが「なんで私だけ・・・って思ったりしない?」と言うのです

「今は離れてるけど、お母さんと赤ちゃんて繋がってるし、
私が落ち込むと絶対伝わるから、思わんことにした」と私

Yさんがポロポロ泣き出しました
「そんな風に考えるって、すごいね~」って
私より、Yさんの方が辛かったのだろう と思いました
こんなに症状がひどいケースは、助産院始まって以来らしいです

でも、助産院のI先生がNICUに見に行ってくれた時
ユイの心拍がとても高くて
「やっぱり、助産院で生まれる子はとても元気なのよ!」と主人に言ってたそうです

I先生は、開業される前、県中に勤務されてたそうです
NICUを立ち上げた時のお話しや入院してる赤ちゃんの事などを聞いたそうで
主人も「ユイはすごいぞ!」と言って喜んでいました

私の母は「ユイは親孝行な子や、お母さんの身体が整ってから、帰ってくるんや
ゆっくり休ませてくれて、本当ならこんなに寝とれんよ」
「そうやね!」

私も本当にそう思ってました
ユイは、運も生命力もある子なんだと!

Yさんがマッサージをしてくれてる途中、電話がなりました
Sさんの陣痛が始まったそうです
助産院に行って、ご飯を食べるように言っています
あの感動を思い出してワクワクしてきました

Yさんは、「多分、今日の夜は来れないと思います」
「大丈夫!自分でやってみます」と私

夜の面会に、父が連れて行ってくれました
主人が車椅子を押してくれて

主人と二人しかNICUの中に入れません
父は遠くのガラス越しに心配そうに、こちらを見ています

ユイは大泣きです
ミルクが鼻の管からもらえるのが、一日にほんのちょっとだけなので、暴れています
鼻から入れた管をすぐ引っ張って抜くそうです
産まれたばかりの赤ちゃんが、自分で、管を引っ張って抜くってすごいですよね

後で聞いた話しですが、3歳や4歳になって
「あの時、鼻の管痛かったわ~」なんて話す子がとても多いらいいです

ユイが2歳すぎ、話せるようになって、突然こんなことを言いました
「ユイちゃん小さい時、お母さん会いたくても会いに来れんかったの?」と
まさか?と思ったけど、この頃の話をしてるんだと思いました
「そうや・・・・」と言葉が見つからず 涙が出た事があります

保育器のちいさな窓から手を入れて、抱っこして良いと言われました
ユイは未熟児じゃないので、保育器がとても窮屈です
NICUを見渡す限り、一目瞭然!大きい赤ちゃんでした

主人と交代で穴から手を入れて、何とか抱っこ
「こんな時、ヒーリングできる人ならよかったね~」
「せめて、太陽の暖かいイメージを送ってあげようよ!」
と二人で、太陽のイメージをしていました

少し立っていただけなのに
私はとても顔色が悪くなったそうです
「あの横に布団ひいて寝たいよね」と主人と話して帰りました
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by mothergarden | 2005-11-17 21:11 | 娘がうまれた時のこと
3月4日
産後3日目
この日が、一番辛い日でした

おっぱいを飲ませれないので、搾乳して
保冷パックで冷凍して、NICUに持っていくことになっています
経過を診て鼻の管から、流すそうです

この日は、10ccだけだけど、Yさんが搾ってくれて、冷凍しました
飲ませてないと、おっぱいは止まります
吸わせれないので、3時間おきくらいに、搾るか、乳首を刺激した方が良いそうです

でも、痛い!
よく出る場所は、もう擦り切れています
Yさんも「ここ痛そうやね でも、この場所が出やすくて・・・」

なんとYさんは、あの頃、一日3回、搾りにきてくれていました
自宅から、20キロはあるでしょうに
おまけに、双子ちゃんのお母さんで、主婦で
Yさんを必要としてる人は、私以外にもたくさんいらっしゃいます

早朝、お昼、夜は子供を寝かせてから、出てきてくださいました
本当は、自分で搾れば良いのだけど
かなりの貧血と頭痛で、頭がわれそうです
チャレンジしてみたけど、うつむく姿勢がフラフラになりました

「おうち大丈夫なん?」と聞くと
「お義母さんが、この状況を知って、家のことはいいし
精一杯のことしてあげなさいって言ってくれたんや」
本当に感謝です

「搾乳機ってどう?」と私が聞くと
赤ちゃんが吸いにくい乳首の形になってしまうそうです
そんなこと聞いたら、使うはずありません
まだ、あげたことのない「おっぱい」嫌われたくないですからね

妹が私に聞いて欲しいことがあると言います
「悩んだけど、知っておいた方が良いと思って・・・」

友達の家のお隣にNICUの看護婦さんがいて、二人は私の話をしたそうです
その看護婦さんは私の友達に「今日こそお母さんが(私のこと)来ると思ってたのに
なんで来なかったのか?母親なら、面会に来て、この状況を受け入れるべきやろう!」
と言ったそうです

とてもショックでした
友達は私に言える訳もなく、妹に話したそうです
私の知らないところで、友達にそんな事を言う看護婦さんがいるなんて
本当に辛い言葉でした
「私だって、会いたいし、状況も聞きたいよ!」

主人が、NICUに面会に行ってきたけど
「もう少しかかるって」
3日間様子をみるって言葉を信じてたのに、明日も帰ってこれないのか・・・

夜寝る前、刺激ではなく、おっぱいを搾ってみました
もう少し入院てことは、できるだけ搾って持って行ってあげなきゃ!

うつむいて、搾る作業は頭が割れそうです
母が「搾ってあげるか?」と言うけど
「大丈夫・・・」
ひとりになりたかったのです

あの時は、悲しくて、寂しくて、どうしてよいか分かりませんでした
もう限界 というところでやめて、冷凍しました
やはり、Yさんほども搾れません
こんなちょっとの量、なんになるのか?というほどです

「いつになったら、飲ませてあげれるのかな~?」
泣いてしまいました

その日、主人がいないので、母が隣の部屋で寝てくれてました
声を出さないように泣いていたけど、聞こえてしまったようです
「頭痛いんか?」と鼻をかんでる私のところに来ました
「うん 割れそう・・・」
後ろから肩を揉んでくれます

泣いてるところを見せたくありませんでした
母もつらいでしょうし・・・
でも、察してるようです なぜ泣いてるのかも
そして母が「本当に良いお産やったよ 誰がなんて言っても
あの場におった人には、分かるから!」
「うん・・・」もっと泣いてしまいました

明日、私の身体を心配されても反対されてもユイに会いにいきたい!
決めていました

3月5日
産後4日目

Yさんに思い切って言ってみました
熱もあるし、血圧も高い、貧血
まだ、身体のことで反対するかな?とドキドキしながら・・・
「今日、NICU行ってみようと思って」と私
「会いたいよね~そうやよね、会いたいよね~」
私の気持ちを理解してくれた言葉がうれしかったです

Yさんは、「私も一緒に行きます」
私が、病院の中を歩ける状態でないし、車椅子を押してくれると言うんです
「行って良いの?うれしい!」
「でも、車椅子?」自分はもう会いに行くつもりで気合を入れてますから
笑ってしまいました

Yさんが、お産された時のお話しを聞きました
Yさんは、同じ病棟にいて、NICUに面会に行ってたそうです
「赤ちゃんに会える一心で、行く時はルンルン♪、帰りはドーっと疲れがでるんや」
まだ、NICUがどんな所か想像もつきません

昨日、搾ってもらった、たった10ccの保冷パックおっぱいを
クーラーボックスに入れてもらいました

主人の運転する車に乗ります
本当は、車のシートに座ってるだけで、さーっと血の気が引いてくようでした
でも、うれしくてワクワクしています
病院に着いて、車椅子に乗り、Yさんが押してくれます
外来を通過する時、たくさんの人を見るだけで
疲れるから目をつぶっていうように言われました

NICUに着いて、主人から白衣を着て、手を洗う作業を習います
何がどうなってるのか、産後のぼーっとした頭がついていきません

中に入ると、たくさんの保育器や器具、赤ちゃんの鳴き声・・・
主人が案内してくれて、ユイの保育器の前に来ました

「やっと会えた!」涙がとまりません
うれしくて、うれしくて・・・
両親以外の面会者は遠くのガラス越しに見るだけです
Yさんがこっちを見て泣いています「うん うん」とうなずいて・・・

看護婦さんから、状況説明がありました
今日の体重、管を一本抜いたこと
「今日は少し鼻の管から、ミルクをあげました」
「えー」
「点滴以外に、ミルクの許可がおりたのはうれしいけど、
一番最初は母乳をあがたかったな・・・」とちょっとショック
でも、会えただけで気分は舞い上がっています

主人はビデオを撮ってくれています
ユイは、点滴とちょっとのミルクでお腹がすきすげて
激しく泣いています
でも、ちょっと泣き止みました
「やっぱり、お父さんとお母さんが来てくれたって分かるのかな!」
と看護婦さん

私の疲れを考えて、ほんの何分かで、帰ることにしました
帰り道は、また辛い道のりです
帰って寝るしか、ありません
「いつ抱っこできるのか、いつおっぱいをあげれるのか」
待ち遠しくて、待ち遠しくて・・・

帰ると、母がビデオを見て泣いています
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by mothergarden | 2005-11-16 21:49 | 娘がうまれた時のこと
3月3日
産後二日目

産後はYさんが毎日来てくれることになっています
おっぱいマッサージ、さらしを骨盤にきつく巻いてくれる、血圧を測るなど・・・
本当なら、赤ちゃんのお風呂も入れてもらうのですけど

出血が予想通り多かった私は、絶対安静でした
赤ちゃんを連れて行かれた後、
I先生が「骨盤にさらしをしっかり巻いて、赤ちゃんに会いに行こうね!」
と言ってくれましたが、とても歩ける状態でないようです

今日、会えないのか
「3日間様子みるって」と主人から聞いた、赤ちゃんの様子を思い
3日間は、我慢しよう・・と思っていました
あさってになれば、この布団で、一緒に寝れるんだと・・・

主人がNICUへ面会に行ってくれました
面会時間は、13時から16時の間と18時から20時の間
両親しか入れないそうです
手を洗って、消毒して、白衣を着て・・・

24時間の峠は越えたそうです
ビデオで撮影してきてくれました
私には見せてくれません
「映像は、産後の目によくないし、泣き声聞いたら、つらいやろ」と言います
「ちょっとだけ、見たい!」
一時停止画面を見せてくれました
管だらけで、昨日産まれた時と全然違う顔です
薬で顔がパンパンになってる感じでした
「ほら、見ないほうがよかったやろ」
「・・・・」

保険証を早く作るように言われたそうです
という事は、名前を付けなければなりません

前から、名前の候補をいくつか考えていましたが
姓名判断は、本によって色々です
私達の人生を振り返って0学がかなり当たっていたので
前に見てもらったことのある0学のH先生に相談することになってました

県外に住んでらっしゃるので、今回は電話とファックスでやりとりすることになりました
考えた名前を伝えると、字画が合わないようです「何度も事故に合うとか・・・」
そんなの聞いて、その名前をつける訳がありません
最高の名前を3つ考えて、ファックスしてくれました

私がおっぱいマッサージをYさんにしてもらってると
母が、「ファックス来たよ この三つの中なら、ユイやね!」と言っています
「どんなのあるん?」と私
母は主人にも「ユイが良いよね!」
「なんで、お母さんが決めるん?」と笑ってしまいました
父にも聞いたらしく「お父さんもユイやって!」
わたしがファックスを見ることなく、決まったようです
Yさんも笑ってました

「佑衣」
佑は、人の魂が斜め45度後ろに存在するという字
衣は、松葉にかかる天女の羽衣をイメージされたそうです
自分の魂に忠実で、天女のように自由に羽ばたく人になってほしいものです
名前だって、赤ちゃんが選ぶそうですから
このいきさつは、一つのメッセージとして受け入れることにしました

検診に通ってた病院から、Yさんが採血セットを借りてきてくれて
私の血を病院に持って行って、検査してもらいました
ヘモグロビン数値13あったのが、8
やはり、かなり貧血

夕方、病院助産婦Oさんが、増血剤を持ってきてくれました
Oさんは、私のお産が終わって、すぐ病院の仕事でした
ひざに、真っ赤な血が付いていたの落ちたかな?
8時から仕事なのに、7時半まで、うちにいてくれて大丈夫やったかな?徹夜で・・・

と思っていましたが
「全然大丈夫やったよ」と明るく振舞ってくれます
「今日、先生にお産の経過と赤ちゃんがNICUに行ったって、話したけど
病院でも同じことやったし、処置も早くて良かったねって言ってたよ」
「そして、お産は最高のお産やったね!」
この言葉に救われました

その後、かずみん、かずんた、義母、妹が来てくれました
3月3日なので、ひな祭り かずんたの誕生日でもあります
母が、ちらし寿司とはまぐり汁を作ってくれ、みんなでお祝いしました

私と妹に、本当は弟がいました
死産だったそうですが、前置胎盤で出血が止まらなかった母は
妊娠6ケ月で帝王切開するしかなかったそうです
母は産みたいと言ったけど、母体がもたないだろうし
万が一の事があったら、小さな私と妹がかわいそうだろう と祖母が説得したそうです

3月3日は、その弟の命日でした
小さい頃、3月3日は仏壇にお参りしてた記憶があります
ですから、3月3日は、悲しい特別な日でした

私のお産が近づくにつれ、3月3日に元気な子が産まれるのも良いな~
と考えてたことがあります
そうしたら、3月3日はハッピーな日になるのに!と

でも、2日に生れてNICUに入りましたが
県中のNICUはこの日で満床、空きの保育器がなくなったそうです
3日に生れていたら、受け入れてもらえなかったそうです
弟が、おまえは2日に出れよ!と送り出してくれたのかもしれません

この日は、義母が泊ってくれました
赤ちゃんもいないのに泊ってもらって、申し訳なく
「赤ちゃんがいなくて、ごめんね」と言いたいけど
言うと、泣いてしまいそうで、言えません
できるだけ、明るく振舞っていました
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by mothergarden | 2005-11-14 21:20 | 娘がうまれた時のこと
あの日は、とても良いお天気でした

NICUの先生が娘を抱っこして、連れて行きました
なぜだか、あの先生の後ろ姿をよく思い出します

後で聞いた話しでしたが
救急車が来たと思っていたけど、お医者さんが乗っているので
ドクターズカーだったそうです

先生が来られるまで、長い時間に感じました
遠くない場所だけど・・・
保育器を乗せるために時間がかかったようです
そして、ドクターズカーが、個人の自宅に来た事は初めての事例だったそうです

産後の子宮を収縮させるために、お昼近くまでYさんが
下腹をさすり続けてくれました
病院なら、点滴するらしいですが、人力です

「もう小さくなったよ、触ってみる?」
下腹にコリコリした小さな子宮を感じました

さっきまで、この中に娘はいたんです
ここから出て、本当なら、となりに寝ているはず
ずっと一緒にいたくて、自宅出産をしたのに
赤ちゃんがいなくなるとは、思いもしませんでした

出血量、羊水込みで1500g
予想はしていたけど、かなりの出血だったようです
腎臓に負担がかかっていて、むくみがひどかったですから
出産と同時に水分と血も混ざって体から出ることは聞いていました

みんな帰って
家には、Yさんとかずんたと妹がいてくれました
主人と私の両親は、NICUの先生にお話しを聞きに、県立中央病院に行きました

Yさんと色んな話しをしました
Yさんは、以前、国立病院のNICUに勤務されていたそうです
そして、双子のお子さんも、未熟児で生まれて、NICUに入院されてたそうです

思えば、そんな世界があることすら、想像していませんでした
産まれた時、ご主人が小児科の先生に
可能性のある不安な事をすべて告知されたそうです

だから、主人達は、
「もしもの場合の最悪の状態を説明されると思うよ」とYさんが言っていました

でも、すぐ帰って来ると信じてるので
私は元気でした
とても、贅沢なお産だったことに興奮がさめませんでした
「産んだ瞬間から、また産みたいってホントやわ~!」と言って
幸せオーラがみなぎっていたと思います

「遅いね~あの三人」
大分たってから、主人と母が戻ってきました
何も言いません
「どうやった?」私が聞くと
「3日くらい様子みるって」と主人
信じられない言葉でした 

今日、帰って来ないなんて・・・
何よりもショックなのは、みんなの様子
私に何も言わないけれど
何を言われたのか、どんな様子なのか想像がついたことです

いとこのあやが来ました
妹が「ビデオで赤ちゃん見る?」と産まれた時の映像を見せています
赤ちゃんの鳴き声が聞こえて
ボロボロ涙が出ました
「ごめん、泣き声聞くと泣いてしまう 消して」
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by mothergarden | 2005-11-12 20:49 | 娘がうまれた時のこと
3月1日
21時 
陣痛促進のため、三隠交にお灸、Yさんのフットセラピー

22時 
陣痛15分毎
母子手帳に分娩時間と記入されるのは、陣痛が10分間隔になってから
赤ちゃんと胎盤が出終わる間の時間だそうです
だから、この時点では、お産は始まってないのです

足のむくみが取れず、くるぶしが分からないほどポンポンです
ベテラン助産婦Kさんは「これじゃあ、良い陣痛来んね。ぐーっと眠るまっし」
横になっても眠れません
だって、どんな陣痛がくるのかと思うと気が気でなくて・・

部屋は、暗く、ふすまを閉め切って
暖房で熱くなってました(すべて赤ちゃんが出てきた時のためです)
I先生は、部屋の隅っこで小さなライトをつけて、カルテを記入しています

23時
足湯に入ってみる
すべて、私がしたい行動をさせてもらえます
40分ほどで、上がり、暗い中トイレに向かうと
「ぐにゃっ」
コタツで寝ていた1歳のえいたをふんでしまいました
ごめんね~

何度もトイレに行きました
ウンチが出そうで・・
でも、出ません
赤ちゃんの頭が下がってきてるから、そう感じるだけなのです
トイレには、Yさんも一緒についてきてくれ、赤ちゃんの頭を?おしりを?
押さえててくれました
友達のかずんたは、トイレで産むんじゃないか?と思ったそうです

3月2日
0時
寝てみる
陣痛は10~20分間隔

1時
陣痛が10分間隔に
げっぷがよく出る
トイレで吐く
夕方5時頃食べた、おにぎりなどが、全然消化されてませんでした
不思議です

4人の助産婦さんが、あらゆる場所をさすってくれます
陣痛が来そうになると、お腹をさわってる助産婦さんが
「今、来るね」と言うんです
緊張しました
そして、いてててて・・・
でも、ヨガの呼吸法でファーーーと痛みが抜けるほどです
しかも、「尾てい骨」を押してもらうと、すーっと楽になるんです

1時40分
ニ階で寝ていた主人の登場です
何度も、「もう、ご主人呼ぶ?」と言われましたが
寝れるときに寝ていてほしかったので「まだいい」と言っていました

四つんばいの姿勢で、主人につかまります
また、陣痛は10~15分毎に

2時
こんにゃくを湯せんして、こんにゃく湿布
「気持ちいいー腰が抜けそう~」と言ってたそうです

3時
陣痛が強くなってきました
3時20分
「お風呂に入りたい」
ふらふらと歩いて行って、ドボンと浸かると「気持ち~!」
Yさんに借りているジェットバス
10分入ると、30分入った効果があります

腰湯なので、主人が背中にかけ湯をしてくれます
病院助産婦のOさんが、手を伸ばし、お腹をさすり、尾てい骨を押してくれます
お風呂に入ってる私に、こんなことしてもらうのって
すごく辛い体勢だったと思います
Oさんも、主人も
しかも1時間以上入っていましたから・・・

お湯に浸かっていると、陣痛がとても楽です
入浴中は、2~3分の陣痛
意識がもうろうとしていました
お風呂を上がると、どんな激しい痛みがやってくるのか?
怖くて上がれません
でも、一時間以上たって
「今、上がらないとあがれなくなる!」と思った瞬間がありました
ザバッと立ち上がり、ふらふら出て
Yさんが広げてくれたタオルシーツに包まれ、身体を拭いてもらいました

私が、お風呂に入ってる間だけ、I先生、Kさん、Yさんは仮眠をとったようです
すごいですよね~昼間も働いていたんですから・・

それからは、あっという間でした
3人の助産婦さんが、身体をさすってくれて
Kさんは、会隠に蒸しタオルをあててくれます
それが、最高に極楽でした

5時20分
子宮口全開

陣痛は1分も間隔がないのに、おさまるとすぐ眠る
眠くて眠くて、生まれたら、ぐっすり寝たい!と思っていました
そして、体勢を色々変えました
横になりたい!次はよつんばい
その次は座る・・・

どうしても、仰向けだけは、出来ませんでした
赤ちゃんも一番苦しい体勢だそうですね
「分娩台に縛られて、お産する人を尊敬するわ」と思いました
主人にしがみつきながら、「この分厚い肩に噛み付いてみたいな」と思ったりしました

赤ちゃんの心拍はずっと高かったです
ただ、心音を見る機会を当てるのに、助産婦さんはとても苦労していました
私があまりに動くものですから・・
この体勢は、赤ちゃんがとらせるそうです
赤ちゃんが苦しくないように
母は、それを感じとって、体勢をかえるのだと聞いて驚きました

心音が元気だったから、病院搬送されなかったものの
病院だと、微弱陣痛で促進剤を打たれるか
吸引されるか、帝王切開されていたと思います

「また、トイレの便座に座りたい!」
とにかく、穴のあいた所に座りたいのです
Yさん付き添いです
最後のトイレは6時6分
「椅子が二つあれば、助産婦が向かい合わせに座って
その二人の膝に座ってもらう方法があるけど・・・」とYさん
ニ階に椅子があるけど、もう声も出ません
「だれか、思いついて、持ってきて欲しいな~」心の中で思ってました

とにかく、のどが渇いて「お茶ほしい!」
かずんたとかずみんが変わりばんこに持ってきてくれます
20杯ほど飲んだかな?

産婦をどれだけ、解放に導けるかが、助産婦さんの力量だと聞いた事があります
「大声出して、叫んでも良いよ」「暴れて良いよ」と言うけれど
声が出ない、眠い・・・・
充分、素の状態なんですけどね

会隠に当ててくれている蒸しタオルをお湯で絞って取り替えてくれるのですが
外した瞬間「痛い~早くあてて~!」気絶しそうな痛みが襲います
「赤ちゃんお願い!早く出てきて!」

「赤ちゃんの頭が見えてきたよ」とKさん
「鏡でみる?」
もう、ぐったりの私は、「いいわ」
「ほらほら、出てくるよ!」母達も、みんな集まってきました

「次の陣痛から、うーうん!っていきんでみようか」とI先生
いきまない、お産だと思ってたので、戸惑いました
「う~ん!」助産婦さんも全員声をそろえて「う~ん!」
これが、気持ち良い!すごい便秘?みたいな感覚なんです
「大きいウンチ出るみたい、出たらすごいスッキリしそう!」
実況中継して「余裕やね~」と言われました

助産婦さん全員が、大きな声で「上手!上手!そうそう!」と励ましてくれます
また元気が出ます
赤ちゃんが出たり、入ったりの繰り返し
病院だと、ここで会隠切開して、赤ちゃんを取り出すそうですが
このお産は、赤ちゃんが自分で出てくる力を信じ待ちます

それを見ていた妹は、「赤ちゃん上手!上手!」と思っていたそうです

頭が全部でました
本当に回転して出てきました
私は、横になって、片足をI先生の方に乗せてる体勢でしたから
股の間から、見えたんです

「この後は、絶対いきまないでね」とOさん
身体が出る時、いきむと、会隠が切れるそうです
しずかに「ファー」と息を吐きます

産まれました!6時51分です
私の母が、「どっち?どっち?」
「お父さん、どっちか見て!」とYさん
「女の子や」と主人
「わぁ~パチパチ!」とみんな
やっぱり!最後の病院検診で、エコーに股が写ったような気がきてました
うれしい!

私の左胸の上に赤ちゃんを乗せてくれました
「やっと会えた!」
お友達のTさんが、出産準備クラスで一人目のお産の話をしてくれたとき
「こんなに、胸が震えるほどの感動って初めてだった」と言っていました
本当に、言葉になりません
私より産まれてくる赤ちゃんの痛みのほうが、すごいそうですから
「本当に生まれてきてくれて、ありがとう!」

「へその緒さわってみて まだドクドクしてる?」とYさん
「もうしてないかな~」
「お父さん切る?」とOさん
「ごめん、私達で切らしてもらうわ」とI先生

一瞬なんで?と思いました

さあ、胎盤を出すため、お父さんが赤ちゃんを抱っこします
固まってるな・・・抱っこポーズがぎこちない
みんな集まって見ています

胎盤が出るのに、20分
I先生がおっぱいをつまんで、コリコリ刺激(飛び上がるほど痛かった)
ゴールドフィンガーのKさんにより、やっと胎盤が出ました
胎盤は720グラム
大きな臓器でした

また、赤ちゃんを胸の上に寝かせてくれます
一瞬目があったような気がしました
ぽわんとした目がかわいい!主人にそっくりです

会隠は切れてないそうです
「おしもは、きれいだから、もう一度お嫁に行けるわよ」とI先生
笑ってしまいました
「会隠が切れないようにでてきてね!」とお腹に語りかけてたので
赤ちゃんは、上手に出てきてくれたようです

Yさんが、「赤ちゃんの呼吸が苦しそうだし、県中のNICUの先生に相談したら、
今、見に来てくれることになりました」
「出てきた時、へその緒二重巻きで、お腹のなかでウンチした羊水をたくさん飲んでたの」
とI先生が言います
「へその緒は伸びきってたし、早い時期から巻いてたと思うよ」とI先生

胎盤の状態を説明してもらって、新聞に包んで、
主人が庭の桜の木の下に埋めてくれました
「今までありがとう!」と感謝して

赤ちゃんの体重は3200グラム

「ピーポーピーポー」サイレンが近づき、音が止まりました
男の先生が入ってきて「お母さん、赤ちゃんの鳴き声おかしいと思いますか?」
「わかりません」と私は言いました
元気だと思っていましたから・・・

ドクターが到着するまで、Kさんがストローで飲んだ羊水を吸引してくれました
顔色も良くなったし、大丈夫なら、先生だけ帰ると思っていたのに
「一度病院へ連れて行って、具合をみますね」と言うんです

言葉を失いました
「羊水を吸引したら、すぐ戻ってこれるよ」とI先生
「はい、お願いします」
連れ去られてしまいました

「あんなに元気に産まれて、あなたも赤ちゃんも一緒によくがんばったんだもの!
吸引して、検査して異常なければ、今日中に帰ってこれるよ」とI先生

本当にその言葉を信じていました
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by mothergarden | 2005-11-11 18:47 | 娘がうまれた時のこと