お花・お庭・子育て


by mothergarden
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31

カテゴリ:家族( 9 )

姉妹って

今日は、お茶の稽古日でした
七事式のうち「廻り炭之式」「廻り花之式」「茶カブキ之式」を練習しました
「茶カブキ之式」はどろどろの濃茶を4回も飲んで、お茶の名前を当てるのです
最初に「竹田」というお茶を飲みました
次は「上林」 この二種は飲む時に名前を聞かせてもらえます
後二回飲む濃茶は「竹田」「上林」「客」という三種類の中から選んで、当てっこします
自分の名前とお茶の名前の書かれた名乗紙という札を集めて答え合わせ
まるでクイズ番組のようです
3回目のお茶も4回目のお茶も、妹と私の答えが同じでした
結構自信があったので「ふーん やるなぁ」姉妹で同じ味を感じるとは・・・
そして4人中、私と妹が当たり!

この前、パン教室の宿題に焼いた食パン
妹の作品と似てると言われました

やはり血が繋がってるのかしら?
a0047618_21195064.jpg

[PR]
by mothergarden | 2007-04-26 22:07 | 家族

代掻き

昨日、今日と田植え前の”しろかき”でした
トラクターで田をならし、水を張ります
水を張るとゴミが浮き上がり、風が吹けば隅に寄せられます
それをすくい上げて、いよいよ田植えとなる運び
昔の人はうまいこと考えたな~
ムスメもトラクターに乗せてもらって大はしゃぎ
私は母に水あて(田んぼに一定の量の水を張る)を習い
どこの水をせき止めたら水がまわってくるのか、水路も知らなかったー
それこそ父はこの時期、夜も寝ないで水あてにまわります
水をせき止める板には、田んぼの名前が書いてあり
何だかわからない屋号が・・・我が家の田んぼ28枚全部にそれぞれの名前があるそうです
私の小さい頃は、長い板を何人かで引っぱって歩くのが”しろかき”でした
隣の家と共同作業だったそうだけど、すごい重労働で何日もかかったことだと思います
今は自分でならすとこは、ほんの少し、二日で終了
田んぼにボーっと座ってるのは結構気持ち良いものです
水が入る水面を見つめていると、うとうと・・・
a0047618_23123048.jpg

[PR]
by mothergarden | 2007-04-21 23:37 | 家族

ビニールハウスの思い出

田んぼの手伝い始め
芽が出たばかりの苗箱を専業農家の方に分けてもらってビニールハウスの中にならべました
畦ぬりや田んぼをトラクターで耕す仕事は父がすでに冬からやっています

小さい頃は家族総出で種まきをしていました
冬の終わりから苗箱に土をつめます→「1箱10円ちょうだい!」なんて言ってもすぐ作業に飽きる私
種まきは手動のベルトコンベアー(種まきの機械)に苗箱を送り出します
水と種と砂が順番に落ちるんだったかな?
手動のハンドル回しは速度を一定にしないと水が滞ったりするので慎重です
育成機に入れて芽が出るのを待つ

ハウスに入れてからは田植えが始まるまでビニールハウスに風を通したり、苗に水をやったり、毎日お日さまと相談です

私が中学を卒業した年の春、かれこれ20年前の話しですが
夜中にすごい風! 「ハウスが飛ぶ」と言って家族みんなで駆けつけました
近所の農家さんもみんな自分の家のハウスを押さえています
人間が押さえてどうにかなるもんなのか不思議でした
もしかして自分達も飛ばされそう
祖父ちゃんは押さえながら「なんまんだぶつ・・・」
いつまで続くのか生きた心地がしませんでした
ハウスに損傷があったのかもしれないけど苗は無事でした
春になると思い出すあの風
a0047618_2231876.jpg

[PR]
by mothergarden | 2007-04-01 22:46 | 家族

歯医者さん

妹の披露宴以来、バタバタと一週間が過ぎ 
今日はのんびり過ごしました 
夕方、歯の治療へ
そう、妹の旦那さまは歯医者さんなのです
義弟といっても私よりちょっと年上のお兄さま
前歯の神経の治療をしてもらっています
「小さい頃ぶつかった覚えはないですか?」
思い起こせば、ありました 
小学校の頃、廊下で他の生徒とぶつかり、歯が折れたと思うほど痛かったのです 
口をおさえて泣いた記憶がよみがえりました
その歯の神経が段々壊死していったそうで・・・
レントゲンに写っていた歯茎の黒い影 今日はそこに溜まってた膿を出して見せてくれました
ひぇ~
この歯をお世話になるために、あの時ぶつかったのか・・・考えすぎ?
彼は普段標準語なのに、他の患者さんと気さくに方言で喋ってるー 
小さい子から、お年寄りまで 話題は色々・・・
ムスメも一緒に行きたがります 待合室でハットリくんの絵本を見るのがお気に入り
聞こえる会話から親切、丁寧、思いやりが伝わってきます
a0047618_19594116.jpg

[PR]
by mothergarden | 2006-11-27 20:20 | 家族

料理トラウマ

料理するのって好きだけど
家族から「おいしい」と言われることが少ない私
この、おおらかすぎる感性によるものかしら?”おおざっぱ”とも言うけど

父はいつも私の作ったものを食べるたび
「もっとお母さんに料理習え!」と言い

オットが「うまい!」と吠えるのは肉料理だけ それ以外のものは論外 箸もつけない

妹は旦那さまに、私の事を何て言ってるのか知らないけど
その旦那さま、先日私の作ったナゲット食べて「おいしい」と言ってくれた反応がとても意外そうでした

昨日、99円のサバと99円の生姜を買って、バッテラを作りました
3枚おろし下手です
売ってるバッテラも大好きなんだけど
すっぱすぎるサバや かたすぎる寿司飯・・・
作りたてのちょっとあたたかいご飯が好きでー
2本作って、1本実家にあげたのでした

父は「ご飯多すぎ!」
そして、聞こえないくらいの「おいしかった」
「え?」今何て言った?いきなり耳ダンボの私
「バッテラ好きねん」と流されてしまったけど

小声とはいえ、1年にあるかないかの「おいしい」
ふふふ また作ろうかいね
ご飯減らして
a0047618_2219180.jpg

[PR]
by mothergarden | 2006-09-27 22:41 | 家族

親父

母とムスメと金沢城のコンサートに行ってきました
津軽三味線、ゴンチチ、炎太鼓・・・
炎太鼓は久しぶりに見たけど「さすが~」ゾクゾクしました
お城のライトアップに星空と風 外は気持ち良いですね~
今日凹んだことも忘れ、楽しいひとときでした

35歳になっても、いまだに父が恐いです
孫ができて丸くなったとはいえ・・・

今日は「ゆめみずほ」の稲刈り
私はコンバインに乗り、父が指導
非常に合理的な人なので、無駄に機械や時間を使うこと×
私は状況判断→脳に指令が届き→手先が動く までにすでに怒られてる
あぜ道で仁王立ちする父の顔色をチラリと見ながら、びくびくしたりホッとしたり・・・

「田んぼはやっぱり気持ち良いわ~」なんて考えてるところに
「おい!」と大声がかかれば心臓が凍る☆
田んぼの四隅を手狩りするのも同様 緊張が続くのです

昨日は家の草刈してたら「除草剤まけ!」

チャドクガで全身が蕁麻疹+湿疹状態の私を見て
「どうなるか分かったやろ 医者の薬飲め!」

私は「・・・・」

全て私のために言ってることだと分かってるんだけど 恐え~

もちろん 十分感謝してますのよ

a0047618_21575640.jpg

[PR]
by mothergarden | 2006-08-26 22:15 | 家族

ばあちゃんになったら

今年、父が作った”とうもろこし”甘くて大ヒットでした
a0047618_22194177.jpg

ちょっと虫食いがあるけど・・・

でも昨日、親戚の婆ちゃん(母方祖母の妹)が作ったとうもろこしは無農薬なのにとてもキレイ!何でも作るのが上手な人です
彼女のことを”坂尻ばあちゃん”と呼んでいます
私の祖母は”小柳ばあちゃん”

二人は姉妹でありながら全然違う話題を好き勝手に喋ります
どっちの話しを聞いて良いのか、答えるのか困ります

私と妹もあんなふうになるのだろうか・・・
作物を上手に作る人になっていたいなー
[PR]
by mothergarden | 2006-08-12 22:37 | 家族

嫁ぐ妹

8月8日 土用が開け 立秋
妹が入籍したそうです
もう名前が変わったのね

もらってくださる方がいて良かったです

私が免許とりたての頃、妹は高校生
自転車で家に帰る途中に車にひかれ、家に電話がかかってきました
めずらしく家にいた私
父と母を乗せて現場に向かいました
こんなに引きずられたの?というブレーキなどの後を見てゾッとしたのを覚えています

まもなく救急車が来て妹が「いたい!いたい!」と担架で運ばれ、母も付き添って行きました
私は父を乗せて救急車の後を・・
父が「もうカタワになるわ・・・」と低い声でつぶやき
私は何て言ったか忘れたけど、父に顔をぶたれました(生まれて初めて)
運転するのに片目見えないほど・・・
私も(殴られて)相当ショックだったのか覚え出せないの

私ってこういう時、結構大丈夫!と信じれる性格なのです
オットが腰を骨折した時もムスメが入院した時もそうでした

父はオロオロだったのでしょう
あの子はもう普通の身体に戻れず、女性としての幸せをつかめない と

すぐそばの電柱に激突してたら間違いなくあの世に行ってたそうです
母方の祖父ちゃんが守ってくれたのかもね と言ってたね

ドクターに宣言されたのだったか
病院のベットで「なぎなた」をもう出来ない と涙を流し、とても辛い時期がありました
でも、少しの希望を信じてたのも知っています
お見舞いに来てくださった、なぎなたの顧問の先生が「練習できなくてもイメージトレーニングを続ければ、絶対に技は落ちない」なんて言ってたのが、かなり鮮やかな記憶

そして国体に行ったのよね
私は応援に行かなかったけど
母の証言では大将だった妹が延長戦でも勝ち抜いたそう
とても興奮感動してた母も覚えています

やはり強運です
そして「念いは叶う」

来月はラスベガス行くんだってーいいなーーー
スーツケースに入ってたら驚くだろうな・・・入るわけないか
a0047618_2119273.jpg

[PR]
by mothergarden | 2006-08-08 21:57 | 家族

先日、妹の彼がウチの両親に挨拶に来ました
結婚のおはなし
時間に遅れた私 
「遅くなりました 姉のリョウコでございます 今後共よろしくおねがいします」
彼はとても好青年です
だけど空気を読むところ、肝心なところは終わってたみたい
ドラマでよくあるセリフ・・・想像を膨らませていたので
あのーどんな風だったかもう一度聞きたいのですが・・・なんて言えるわけもない様子
ムスメは主役を奪われたことだけ感じてるらしく、気を引こうと騒いでいます
父も母も「いつこんな日が来るのかと思っていた」としみじみ
a0047618_21314251.jpg

妹が生まれたのは、この季節
私は数えるところ、2歳9ケ月
「もうすぐお姉ちゃんやね」とか「もうすぐ3歳やね」と言われてた記憶が・・・

あれは、お産の始まった時だったのだと思うけど
「お母さんのとこ(病院)泊るけど行くか?」と父が私に聞きました
私は「テレビ見たいし(確かサザエさん)行かない」と言いました

母の病室に行った時のこと
「びわ食べる?」と母が
子供の目から見ても、とてもおいしそうな”びわ”たったと思う
だけど何だか気はずかしくて「いらない」と言った私

そんなこと覚えているけど
赤ちゃん(妹)を見た記憶もその後のことも全然覚えてないの
母を取られたと思うショックなのかしら?

私は婆ちゃん子でした
でも本当は母とずっと一緒にいたかった
母が言うに、婆ちゃんが私を離さなかったそうで、妹だけは渡さない!と頑張っていたそうです
妹はいつも母と一緒でうらやましかったな~

しかも甘え上手の彼女は、気がつくと父のひざに乗ってる子でした
そういう表現を上手くできない私 かなり屈折してたと思います

小さい頃はよく一緒に遊んだけど、イジワルもしました
この場を借りてごめんなさい

二十歳を過ぎた頃は、よく似てた私達
一緒にアパートで暮らした日々もなつかしい・・・

私が困った時はいつも助けてくれました

私のムスメは何故か妹のちいさい頃にそっくり!
妹に自分の道を進んで良いよ と妹の代わりになるために生まれた子
なんて言った方もいました

そうかもね
さらなる幸せを願って!

これからも色んな方に可愛がってもらうんだよー
[PR]
by mothergarden | 2006-06-27 22:13 | 家族